懐疑派

懐疑という言葉を明解さんで引いてみると、「なんでも疑って、決定的な考えを持つことが出来ないこと」とあった。 まるで優柔不断と同義のような印象を受けるが、確かにそういうことなのかもしれないと思えなくもない。

僕は、聞いたことをあんまり信じないようにしているという意味で、懐疑派である。 とはいえ、「明日の朝10時に駅に着くから迎えに来てくれ」と言われればちゃんと迎えにいくし、 「俳優の○○が交通事故で死んだって」と言われれば、へえそうなのかでもあんまりそいつの映画は見たことない、ぐらいのことは思う (あいにく神様は信じていないので冥福を祈ったりはしない)。 ちょっと逆説的に聞こえるかもしれないが、科学的っぽい裏付けがされているような印象を受けるモノ、をあまり信じないようにしている。 たとえば最近聞いた話では、「右脳教育」というのがある。

人間の脳は、真ん中から左右に分かれていて、それぞれを右脳と左脳と呼んでいる。 右脳と左脳は完全に対称というわけではない。 たとえば右手を動かすための機能のほとんどは、左脳側にある。 逆に左手を動かす機能は右脳にある。 なぜ交差しているのか理由はしらないが、足などの機能も反対側にあったりする。 目に関しては、やはり右目は左脳へ、左目は右脳へつながっているのだが、一部の神経は反対の半球にも繋がっている。 一方、右脳だけ、あるいは左脳だけにある機能もある。 たとえば言語を司る部分は左脳側にある。 他にも視神経を伝わってきた情報を処理する部分や、感情によって興奮する部分などが知られている。 こうした機能は脳全体が均等に受け持っているのではなく、脳のごく一部分だけで処理しているのだ。

こうしたことはどうやって調べるのだろうか。 たとえば、脳に怪我をした人を観察するという方法がある。 脳の一部を怪我で損なうと、失語症になってしまうことがある。 失語症というのは不思議な病気で、他の日常生活はまったく支障がないのに、言葉だけが不自由になってしまう。 たとえばリンゴを渡しても、間違いなくリンゴを知っているはずなのに、それが何か口にだして言えないというようなことが起こる。 怪我をした部分が言語に関する重要な役割を担っていたという証拠となるわけだ。 他にも、脳の活動の活発さを血流で調べる装置というのがあり(磁気か何かでトレースできるらしい)、被験者に様々な刺激(本を読ませるとか、絵を描かせるとか、驚かすとか)を与えて、脳の反応を調べる方法がある。 そうやって、人間の活動と脳の部分とを関連づけていくわけである。

さて本題の右脳教育だ。 これは、人間の右脳が持っている潜在能力を引き出して、幼児に英才教育を施すというプログラムのことだ。 このプログラムに従って教育すると、ごく幼い段階で数カ国語をマスターしたり、数学や音楽や絵画など様々な分野で秀でた子供に育てることができるらしいのである。

これじゃなんのことやらよくわからんと思うので、他のサイトから引用してみよう。 Infoseek を使って、「右脳教育」でサーチした結果から選んでみた。

[教育ママゴン]
この間、えらーい先生から聞いたんだけど、 脳には右脳と左脳があって、それぞれ働きが違うらしいのよ。 左脳は、計算したり考えたりする脳で、 右脳は直感や潜在意識の能力を引出す働きをするらしいわ。
今の学校での教育は左脳の分野がほとんどなんですって。 右脳を発達させると、感性が豊かになったり、直感力が発達したりするほかに、 隣の席のおじいさんが言ってた潜在能力を、使えるようになるらしいの。 がり勉しなくても、必要な情報が身につくなんていいわねー。
右脳教育してくれる場所って、最近あっちこっちにあるらしいけど、 本来は、自然のなかで楽しく遊ぶ事で、発達していたものかもしれないわねー。 ともかく、今の子供たちに必要な事は確かね!

その「えらーい先生」というのが気になるが、もしかしたらシャレかもしれないので突っ込まないでおこう。 次は、もしかしたらその先生かもしれないサイトより。

[海原純子のQ&A 右脳教育って何?]
簡単にいうと、右脳教育というのは、計算ばかりするような使い方以外にも、大脳の回路を使いましょう、ということなんです。
計算などでは左脳を使うのに対して、音楽を聴くとか、字を書くとか、絵を描くとか…、つまりアートの部分は右脳を使って行われていますから、 バランスよく左右の脳を使うことで、偏った性格になってしまうのを避けることができます。
こういった情操教育には、マニュアルはありませんから、まずお母さん自らが楽しんで何かを始めて、それに子どもを巻き込んでしまうのがよい方法ではないでしょうか。

どちらの文章も、「右脳は○○という機能を司っている。それを伸ばすために右脳教育がある」という形になっている。 しかし、その根拠はまったく示されていない。 まず右脳が、音楽を聴く(作曲のことと間違ってる?)・字を書く・絵を描く…といった芸術活動と関わりがあるという話だが、 それがどうして分かったのか、どうやって調べたのかは書いてない。 言語に関する話は僕が前半でした通りだが、作曲や絵画の実験はいったいどうやるのか想像もできない。 作曲している人の脳を調べてみる? 果たして実験室できちんとした作曲が出来るのだろうか。 よしんば出来たとして、信頼できるデータが取れるほど多数の被験者を集められるのだろうか。 第一、過去にそういう実験が一度でも行なわれたことがあるのか。 そういう実験があったからこそ、「右脳は芸術と関わりがある」という説が生まれるのだと思うのだが…。

まあ、百歩譲って脳の機能の分担が解明されているとしよう。 右脳がアートに重要な役割を持つことも認めよう。 そうした「脳の部分」を、どうやって鍛えるのか。 そもそもどうすれば「鍛えられた」と分かるのか。 右脳教育の方法は、どうして正しいと実証されたのか。 そういうことを考え始めると、どれにも満足な答えが得られないのである。 「でも実際に5、6歳で3カ国語が話せる子供もいるんだよ」と言われることもある。 が、それが右脳教育の成果かどうかは分からない。 気になるのは右脳教育をしたけどうまくいかなかった子供の例なんだが、そういうことは一切表に出てこないのである。

僕自身、明解さんに頼ったりしているあたりから分かる通り、権威主義でないわけじゃない。 だがこんなに簡単に信じてしまうほど純情ではないつもりである。 そういう意味で、僕は懐疑派だ。

Apr-28-1999


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