嘘をつく者(その2)

Fは嫌われ者です。 DはFの友人です。 というか、とにかくしゃべって相手をしてくれる、そういう仲です。 Fはどうだか知りませんが、DはFのことなどそれほど重要だとは思っていません。 Dは他の皆と同じようにFに冷たくすることができないだけで、Fが好きだというわけではないのです。
DはFを敵視するグループとも、なんとなくつき合っています。 グループには、Dの友達のRとか、Fに殴られて大怪我をしたこともあるPなど、Fを本気で嫌う人達がいます。
あるときグループは、滑べり台を利用した非常におもしろい遊びを編み出しました。 グループはDも含めて、この遊びに熱中しました。 このグループ以外の誰も、滑べり台に近付けないほどでした。 みんなが遊びたがりましたが、人数には制限があって、グループはそれ以上人数を増やすことを拒絶しました。
FはDも参加しているその遊びに加わりたいと考えました。 そこでDだけに相談して、参加させるように頼みました。 DはFの頼みを断ることができず、かといってグループが本気でFを嫌っていることも知っていました。 Fをグループに入れることは不可能でした。 しかし、Fをあきらめさせることも不可能でした。 そこでDは、もうグループに加わって遊ぶのをやめるとFに約束しました。 そのかわり滑べり台で遊ぶのはあきらめろと言いました。 Fは納得しました。
RはDがいっしょに遊ばないことに気づき、理由を質しました。 DはFと約束したからだと答えました。 グループの連中はみな、Fとの約束などとるにたらないものだから、破ってしまえといいました。 Dは遊びの持つ魅力に勝てず、結局元通りグループの連中と遊ぶようになりました。
Fは学校に来て、グループといっしょに遊ぶDを見て怒りました。 Fは竹ホウキを持ちだし、皆に殴りかかりました。 それはすぐに鬼ごっこにかわり、皆はFをあざけりいじめました。 Dは真っ青になって、それを見ているだけでした。 Fに殴られても、やっぱり何も言いませんでした。
先生は最後にやってきて、けんかだけ止めさせました。 滑べり台を使う遊びはやがて飽きられました。 Fは、Dがグループの連中と遊ぶことがなくなったことに満足しました。 Dは負目から、Fと絶交することはしませんでした(それで帳消しだから、次になにかあったら絶交してやると考えてはいましたが)。 グループの連中は、Dを縛り付けるFはひどい奴だと考え、Dはかわいそうな奴だと考えました。 でも、次の問題が持ち上がるころには、みんなそのことを忘れてしまいました。 でも、Fとグループの対立だけは残りました。

Dは嘘が恐ろしいものだということを知りました。 でも、嘘をつくことを止めることはできません。 そこでDは上手に嘘をつけばいいと考えました。 彼は嘘が上手になりました。 しかし、上手な嘘ほどバレたときの危険は大きくなります。 Dはプレッシャーを感じていました。 でも、その感覚も慣れるにしたがって麻痺していくようでした。

それでも、嘘はやはり恐ろしいものです。 Dはバレて困るような嘘はつかなくなりました。 ある程度経験を積めば、害の少ない嘘をつくことができるようになります。 約束をごまかすため、気まぐれを正当化するために、あたりさわりのない嘘をつくのはそれほど難しくはありません。 Dは、自分ではかなり上手に嘘がつけると考えています。 失敗のたびに学習して、同じ事は2度しないからです。 Dは自分の信頼されている範囲でしか嘘をつかず、そうでなければ自分の不利を顧ずに正直だったのです。

Dは正直にものをいうのが好きです。 でも、無意識のうちに嘘をいう可能性を考慮できなくなっていました。 正直にものをいうとき、誰かが傷つくのを恐れて無意識のうちに嘘をつくのです。 いや、これも嘘です。 他人を傷つけることを恐れるのは、そのことによって自分が傷つくからです。 つまりDは、自分が傷つくのを恐れているだけなのです。

Dは対立は無意味だと考えています。 なぜなら、対立者の間に線を引くことができないと考えているからです。 グループを2分割することはできないと考えているからです。 誰かが対立者の間で板挟みになることを知っているからです。 また、もっと単純に、対立を見ることに飽きてしまっているからかもしれません。 Dは、Fとその他の連中が対立するのを嫌というほど見てきました。 Dは、その対立が何も生み出さないことを知り、対立が他のことを犠牲にすることを知りました。 Dは、対立を起こさないためにも嘘をつきます。 それは対立を見たくないからです。
それはDを傷つけます。だから、Dは自分のためだけに嘘をつきます。

おわり


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