二人は質素な食事を終えた。 少女は湯飲みにお茶を注ぎ、老人にそっと渡した。 老人はしわのよった震える手でそれを受け取り、ずるずるとすすった。
「…お前がここにきてもう長くなるな」
老人がふと口をひらいた。 それを聞いて、皿を片付けていた少女の顔から、可憐な微笑みがこぼれた。
「まったく、お前を見ていると歳をくったと思うよ」
老人はそういって、またお茶をすすった。
「お前にはいろいろなことを教えてきた…。 お前はよくやったと思うよ。 そろそろ最後の試験をしてやってもよかろう」
「はい」
少女は片付けの手を休め、きちんと座り直した。
「たぶん、お前が最後の弟子だろうな。 わしももう老けた…。 お前が卒業できればよし、でなければ、もう伝承者を残すこともあるまい。 わしにはもう時間が残っておらん。 お前には、がんばってもらわんとな」
「はい」
「お前には、わしの知っていることはもう全部教えた。 そこで最後に、お前がどの程度よくできるか、それを確かめようと思う。 これに合格できれば、お前がわしの後継者だ。 わかるね」
少女はうなづいた。
「最後の試験は、こうだ。 わしと対決することじゃ。 わしを殺すことができれば、合格だ」
「…はい」 少女は静かに返事をした。 「こうなるんじゃないかと、思っていました」
「ほう....。 分かっていたというのかね」
「はい。 後継者を一人しか出さないというのは、知っていましたから。 だから最後の試験の性質については、だいたい想像ができました。 伝承者を一人にする方法はこれしかないと」
「やはりお前が一番の弟子だな。 それで?」
「気づいたのは、十日ほど前でした。 そこで私は一計を案じました」 少女は言葉を切った。 老人の目をみつめ、そっと言った。 「お分かりになりませんか?」
やさしくほほえんでいた老人の顔が、突然まっさおになり、すぐにまっかになった。 唇がめくれあがり、怒りに震えた声が歯の間から洩れた。
「お前....おまえ、このわしに....」
老人の手が動くのを見て、少女は素早く反応した。 肌身はなさず持ち歩いている短剣を抜くと、囲炉裏越しに老人めがけて投げつけた。 数日に渡って弱い毒に侵された老人の体は、たったそれだけの攻撃に対処できなかった。 短剣は老人の喉を裂いた。 老人はごとりと横に倒れ、そのまま動かなくなった。
長い間、少女は待った。 やがて老人の死が確実と知り緊張がとけると、少女は息を漏らした。 長くしゃべって相手に機会を与えるようなことは、やるべきではなかった。 なにしろあのとき、老人を殺す方法は七つもあったのだ。 でも師匠に対する感情が、説明してやりたいという気持ちを助長したのだ。 今回は成功した。 だが、この次は失敗するかもしれない。 こんなことをするのはこれが最後だと、少女は自分に言い聞かせた。朝を待たず、少女は家を出た。 街までは徒歩で三時間ほどの距離だ。 街には師匠の残した市場が待っている。 それは老人が授けてくれた知識と同じぐらい大切なものだ。 そこでは彼女は、期待される人材であり続けるはずだ。 少女は自信に満ちていた。
おわり