英雄伝

昔むかし、あるところに平和で豊かな国がありました。 そこには平和で豊かな暮らしをする、幸せな人がたくさん住んでいました。
あるとき、やにわに現れた黒雲が国全体を覆い尽くし、天から悪の大王が降りてきました。 悪の大王は、略奪、強盗、殺人、詐欺、恐喝、万引、売春斡旋、幼児虐待、麻薬取引、陰湿ないじめ、新新宗教、損失補填、カラ出張など、あらゆる悪事を働き、国は恐怖のどん底へ叩き落されました。 人々は、泣き、叫び、懇願し、堕落し、自暴自棄になり、自嘲し、自粛し、無気力無感動になりました。 それはまるでこの世の地獄だと、国の賢者たちは口々に言いました。

そのとき、一人の勇者がこの国を通りかかりました。 彼は身の丈 2m もある大男で、大きな剣を持ち、立派な鎧を身にまとい、すばらしい馬に乗っていました。 しかもその風貌に違わず、大変な武術の達人でした。 絶望に打ちひしがれた人々は、彼こそが正義の英雄だと喜んで、悪の大王を倒して欲しいと願いました。 勇者はいいました。

「ま、いいけどさ。でも悪の大王の、何が悪いわけ?」

このような災厄をもたらす悪の大王が、良いはずがないじゃないか、と人々はいいました。

「あんたらが適応できないだけだろ。適応できないなら、死ぬしかないのさ」

そんな横暴な、と人々はいいました。 しかし勇者は人々の願いを聞き入れませんでした。 そればかりか、彼も国に居座って、同じように悪の限りを尽くしたのです。 彼は大変それを楽しみ、やがて年老いて幸福に死んでいきました。 国の多くの人々も、幸不幸はいろいろあれど、とにかく死んでいきましたとさ。

おわり


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