バーチャル美少女

インターネットで情報収集できてしまうせいか、最近コンピュータ雑誌というのを買わなくなってしまった。 それでも書店に出向いたとき、新刊雑誌を見つけると、手にとってみることもないわけじゃない。 やはり今のトレンドといえば、3D レンダリングをメインテーマにしたコンピュータ・グラフィック作ろうよ系雑誌であろう。 特に、バーチャル美少女を描くためのテクニックが脚光を浴びているようだ。

元々 CG で描く女の子の絵というと、マンガやアニメの延長として、紙とペンと絵の具の替わりにコンピュータを使うという意味合いが強かったと思う。 しかし現代のバーチャル美少女は、高度な 3D グラフィックス技術に支えられた、リアルを追求した造形物になりつつあるのだ。 というわけで雑誌や書籍では、そうした技術 — 3D 関連はシロウトなので、内容まではよく分からないのだが — サンプリングやレンダリング、テクスチャマッピングなどが詳細に解説されている。 特にバーチャル美少女作家というものも存在し、売れっ子作家が自分の絵をキャラクターとして売り込んでいる。 事実、そうしたキャラクターや作家自身が大変な人気を誇っていることもある。

が、実際そういう雑誌や書籍を手にとってみると、彼らが追求しているリアリティの意味が、リアルからちょっとズレているという印象を受ける。 たとえば、皮膚の質感をリアルに見せるためのテクスチャの作成例が紹介されているのだが、鼻や顎や首の線、顔や腕や胸が作る影などが、テクスチャとして美少女のボディーの上に描かれていたりするのである。 本来そういう影は、物体に対して特定の方向から当たっている光が生み出す効果のはずだ。 影を体に描き込むなんて、どう考えても奇妙な話である。

実はこのようなトリックが生み出される理由は明らかだ。 バーチャル美少女という作品は、結局マンガやアニメの表現の延長にあるからなのだ。 マンガやアニメのキャラクターを、そのまま 3D オブジェクトとして作り上げても、その鼻や唇や顎や胸が体に落とす影は、リアルとは程遠いものになってしまう。 そのような造形物は、そもそも人の顔として認識されるかどうかさえ怪しいのだ。 しかし作家たちは、あくまでもマンガ・キャラクターをベースにアプローチしているので、「リアルな 3D 造形から影をシミュレーションする」よりは、「テクスチャとして影を描き込んでしまう」方へ逃げてしまうのである。

他にも、たとえば骨格の問題がある。 バーチャル美少女たちは、あくまでも作家が作ったモデルのひとつであって、現実の人間から型取りされたわけではない。 完成品のリアリティが基準以上ならよいだろう、という意図のせいかしらないが、なんとなく顔のような形をした空豆のような球体に、テクスチャとして目や鼻や口や影がのっかっているだけのケースが非常に多いのだ。 このような手法で生み出されるキャラクター達は…なんとも言えない不思議な雰囲気を漂わせたものになってしまう。 こればかりは言葉では言い表しようがないので、実際に書店で雑誌のひとつも手に取ってみてほしいのだが、とにかく「人間離れ」という言葉が悪い意味でピッタリなのだ。

本物の人間の場合は、骨格の上に筋肉が張り巡らされており、それを皮膚が包んでいる。 たとえば顔の表情は、筋肉の動きに引っ張られて動く皮膚の隆起やシワと、骨格の構造によって作られる影で構成されている。 しかしバーチャル美少女の 3D モデルには、そのような骨や筋肉は含まれていない。 彼女たちの微笑みは、シミュレーション結果でさえない、作家の感性によって書き込まれた人形の首のようなものなのである。 それも、人形だったらまだマシで、マンガ調、アニメ調の表情そのままだったりするので恐ろしい結果になってしまうわけだ。

そういう美少女たちの仮面を剥ぐのは、そんなに難しいことじゃないと思う。 その場でくるくるっと回してみればいいのだ。 3D グラフィックスなんだから、回転させるのはたぶん簡単だと思う。 しかし、正面美人が横顔も同じクオリティで有り得るとは思えない。 あるいはライティングの設定を変えてみるのもいい。 光の加減が変わってしまうと、画面全体の調和が崩れてしまうに違いない。 なんてったって、人体の影は全部テクスチャなんだから。

そもそも、ああいう造形が「美少女」と形容されること自体、この業界の異様さを物語っていると思う。 ああいう造形でも人間として認識され、まかり間違って「かわいい」と思われてしまうほど、人の感性の方がそれに慣らされてしまっているのだ (そしてもちろん、僕自身も結構慣れてしまっている。 結構否定的に書いてはいるが、中には「いいな」と思えるような作品を作る作家もいる。 リアリティという面はおいといて)。 だが、この流行がいつまで続くかは、不透明なんじゃないかなという気がする。 それは、アメリカで作られている 3D-CG 100% の映画を見ると分かる。 そういう映画に登場するキャラクターは、造形は人形だったりオモチャだったり昆虫だったりするのだが、きちんと骨と筋肉を備えたリアルなものなのだ。 アメリカでは、そういうキャラクターだけを使って長編映画を作り上げるだけの技術が、すでに確立しているのである。 そういう「本当のリアリティ」からのアプローチでは、まだまだ「本物っぽい人間」を表現しきるレベルには到達していないらしい。 だが、早晩そのレベルを達成するのは目に見えている。 そうなったとき、バーチャル美少女たちに道は残されているだろうか、と思うのだ。

まあ、バーチャル美少女なんてのは、そういうニーズを満たすためのものなんだから、こんな心配は余計なお世話なだけかもしれない。 それはそれでまた、恐ろしい世の中だなあという気もするのだが。

Mar-27-1999


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