前の会社に勤めていた頃、年に一度昇格試験というのがあった。 正直言って昇格そのものにはあまり興味がなかったので、面倒くさいばかりの試験を受けるのが嫌だったのだが、だからといってサボっていると毎年必ず受けなければならない。 それに、一度受かると翌年は受けなくてもよいという話だったので、こりゃ受かっておいた方が楽そうだと思い、頑張らないといかんなあと考えていた。

そんなとき、資格を取っておくとその年は有利になるという情報を聞き付けて(というか匂わされたので)、じゃあ情報処理一種でも取ってみるかと思い立った。 はっきりいってこの資格は、持っている方が恥ずかしいというようなシロモノである。 が、翌年楽をするためには仕方がない。 受験料は(合格すれば)会社が払ってくれるということだったので、とにかく申し込んでみた。

バカにしていたとはいうものの、情報処理試験の中身をまったく知らない訳ではなかった。 すでに高校生の頃から書店に並ぶ大量の問題集を立ち読みして、その上で「バカバカしい」と判断していたのだ。 大半は用語の定義を問うものとか、計算式の空欄を埋めるものとか、ちょっと考えればすぐに分かりそうなものばかりだったし、用語にしたって試験前日に詰め込んでしまえば、ちょうどよいぐらいの量しかない。 たとえば、平成7年の一種の問題をひとつ引いてみよう。

問)10進数の 2.75 を2進数で表現し、次にそれを4で割ったものはどれか。

ア 0.1001   イ 0.1010  ウ 0.1011  エ 0.1101  オ 0.1110

問) コンピュータシステムの性能を、処理速度の面で向上させることを主目的としないものはどれか。

ア 仮想記憶     イ キャッシュメモリ    ウ パイプライン
エ 並列処理     オ メモリインタリーブ

答えは ウ と ア だ。 「メモリインタリーブ」というのがちょっと難しいが、それにしたってこんな問題がプログラマの実務上必要だろうか? 大体実務においては、参考書やマニュアルを読んで調べることができるのだから、暗記することに意味はない。 このテストで分かるのは暗記力であって、実務をこなす能力とはちょっと違うのである。 まあ、どっちにしても大した量じゃないと高を括っていた僕は、一応最新の情報処理試験に対応した問題集を書店で買い込み、前日の夜になるまで放っておいた。

さて前日の夜、10時ごろになって問題集を開いてみたのだが…それが非常に難しい! 情報処理試験は内容が改訂されていて、数年前にレベルアップしていたのだ。 質的には、相変わらず用語の定義や空欄埋めのようなつまらない問題ばかりなのだが、試験範囲が非常に広く、とても一晩で詰め込めるような量ではなかった。 これは失敗したと後悔したが、試験が始まるまでもう10時間ほどしかない。 こうなったら仕方がないと、計算問題はすべて予習をあきらめぶっつけ本番でなんとかすることにし、用語の記憶に焦点を絞ることにした。 もちろんそれだけでも量が多すぎるので、大胆にヤマかけをして内容を絞り込む必要がある。 とりあえず、朝の4時まで読めるところまで読んでおくことにした。

そして当日、半分眠ったような状態で試験が始まった。 午前中は、先ほど示したような問題に加えて、奇妙な文章問題がわんさと出てくる。 だがどれも選択式なので、じっくり考えれば選べないこともない。 分からないものはエンピツを転がして、とにかくすべての問題にマークを付けて午前中はよしとしてしまった。 しかし午後は記述式の問題が出るので、エンピツを転がすようなごまかしは効かない。 一応分野選択が可能なので、得意分野を選んでやればいいのだが、まったく分からない問題群を避けた結果、苦手のデータベースを含んだやつを選ばざるを得なくなってしまった。 ところが大胆にかけたヤマが見事に当たって、ふと気づくと全部の解答欄が埋っていることに気づいた。 しかも退出可能時刻まで5分も残っている。 この時点で、嫌なテストに集中させられていたことにすっかり腹を立てていた僕は、 退出可能時刻になってから試験管の机に答案を叩き付けて外へ出た。

が、その直後「あれ、名前書いたっけな?」という思いに突如悩まされ始めた。 それはまるで出かけた後の「ガスの元栓閉めたっけ」状態だ。 しかし叩き付けてきた手前、戻って確かめるって訳にもいかない。 建物を離れるころには「あーもう名前書いてないよー零点だよーわー」ってな気持ちに支配されてしまい、重い足を引きずって家に帰ったのであった。

それからずいぶんたって、試験のことなんかすっかり忘れていたころ、突如事務から呼び出しを食らった。 試験結果が出たというのだ。 単に「来てくれ」と呼び出されたので、「受かったので合格証を取りに来い」なのか「落ちたから受験料を支払え」なのか分からない。 仕方なく出向いていったら「おめでとう」ってことで合格証を頂戴することができた。 正直いってこのときは、受かった喜びよりも、ああ名前書いてあったんだなという驚きの方が強かった。

一種を取ったせいか、はたまた試験そのものがよかったのか、昇進試験にも無事合格した。 が、その直後に転職してしまったので、まったく意味のない努力になってしまった (昇進の結果の昇給さえ受け取っていない)。 一種の合格証も、もらった日以来一度も見たことがない。 引越しのどさくさでなくしてしまったので、たぶん二度と出てこないだろう。 まあいずれにせよ、今の仕事には何にも関係ないし、将来も「あってよかった」と思うようなことはないと思う。 もし万が一、あってよかったと喜べるような仕事に就いたとしても、それが決して楽しい仕事じゃないだろうってことは言える。 少なくともそんな仕事、ひとつも想像できない。

Jun-15-1999


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