単語

言葉というのは、ある概念についているタグである。 たとえば日本人ならば、「米(こめ)」という言葉を聞けばそれがどんなものか想像でき、味を思い出すことぐらいはできるだろう。 また近年あった米不足と輸入問題、その後の米余りなどの時事ニュースも連想するかもしれない。 他にも、食生活にまつわる様々な(よくありそうな)出来事など、豊富なイメージを期待することができると思う。 「米」という言葉はそういう大きな概念に付けた名前であって、いちいち「イネの実のモミを取り去ったもので、日本人の主食とする重要な穀物がさあ」みたいな言い回しをしないですむのも、「米」という言葉があってのことなのである。

言葉は生活習慣や文化にも深い関係がある。 アラスカに住むエスキモーには、様々な種類の雪を表す何十種類もの単語があるそうだ。 砂漠に住む民族の間には、若いラクダ、年老いたラクダ、元気なラクダ、病気のラクダ、気性の荒いラクダ、おとなしいラクダ… などなどラクダだけで十数種類の単語があるらしい。 日本語でも、「雨」に関連する言葉を辞書で調べると、陰雨、淫雨、煙雨、霧雨、豪雨、細雨、驟雨、慈雨、多雨、秋雨、春雨、涙雨、俄雨、糠雨、梅雨、麦雨、白雨、暴雨、村雨、微雨、夕立、雷雨、霖雨、涼雨、冷雨…、とすごい量だ。 これらは、それを区別する必要があるということ、その区別が生活に深く関っていて、日常的によく使うことから付けられた名前であり、言葉によってニュアンスの違いをきちんとつけているということの現れでもある。 逆に生活の上で、これらの言葉の意味を正確に知り、使い分ける必要があるとも言える。

ハンドルとは、BBS 上で使うあだ名のことである。 たとえば僕は North というハンドルを使っている。 パソコン通信で知り合った友人の中には、僕の本名を知らない奴もいる。 逆に僕はハンドルしか覚えないたちなので、本名を知らない友人がたくさんいる始末だ。 handle という言葉を辞書で引くと、「肩書、敬称、あだ名」などの語義が出てくる。 nickname という言葉よりも堅苦しい雰囲気である。 コンピュータ上のあだ名のことを、なぜ nickname といわず handle と呼ぶようになったのだろうか。

もともと handle という言葉は、CB(アマチュア無線)のおしゃべりのときに名乗る名前のことだった。 CB ではいちいち本名は名乗っていられないし、日常生活で使っている nickname とも違うということで、handle という言葉に落ち着いたのだろう。 その後、無線や電話回線を用いた BBS が始まった時、主なユーザは多くが CB を趣味にしている人たちだった。 チャットシステムも、無線のおしゃべりを端末を介した文字のやりとりに置き換えたという感が強く、ユーザを識別するあだ名も handle と呼ばれることになったのである。

問題は、この BBS が日本に紹介され、日本語化が進んだときである。 handle を「ハンドルネーム」と呼ぶ連中が現れたのである。 どうやら「ニックネーム」と「ハンドル」が混ざった結果のようなのだが、ハンドルネームという言葉は日本人に強力にアピールするらしく、しばらくするうちにすっかり「ハンドルネーム」が主流となってしまったのだ。

この「ハンドルネーム」に関する話題は、BBS で盛り上がらない訳がなかった。 由緒正しい「ハンドル」を使うべきだという人と、「ハンドルネーム」いいじゃないかという人とが激しく争ったこともある。 ハンドルネーム擁護派は、「ハンドルネーム」という言葉が既に広く普及してしまった状況を示して「定着しているんだからいいじゃないか」とか、「外来語としてみればこれは正しいのだ」などと無茶苦茶な理屈を展開していた。 僕は現状はどうであれ「ハンドルネーム」というのは間違いから発生した言葉なのだから、「正しい」とかいう以前の問題じゃないかと思っていたのだが、どうしてもそれを理解しない人もいた。 実際外来語の中には元の発音からはかけ離れたものもないわけじゃない。 アイロンとかがよい例だ。 だがアイロンが定着したのは、本来の言葉を余りにも多くの人々が知らなかったからである。 ハンドルも同じ運命にあるのかもしれないが、今なら正しい語で定着させることもできるはずだ。 もう手遅れだという主張は仕方がないかもしれないが、だからといって「正しい」などと言われるのは納得がいかなかった。

ハンドル論争の他にも、文化の違いから生じる摩擦はある。 近年、BBS から流れてきた net-news 読者が使う「レス」という言葉が問題になったこともある。 BBS 文化に明るい人なら、レスが何を意味するのかはすぐ分かると思うが、net-news の人には理解不能な概念だったらしい(ちょっと考えれば分かりそうなもんだが、プライドが高すぎたため、そんな言葉が定着するのを嫌がったのだ)。 というわけで両者の間でひとしきり論争があったそうだ。

ええっと、なんの話だったかというと…、今回もまとまらないままオシマイにしてしまおう。

Feb-20-1998


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